相続税の申告が必要かどうかを考えるステップ
司法書士の立場からわかりやすく解説
相続手続きを進める中で、「相続税の申告は必要なのか」という疑問は多くの方が抱えるものです。この資料では、司法書士の視点から、相続税申告の要否判断について実務的かつわかりやすく解説します。
司法書士田中康雅事務所
相続税申告の重要性と期限
相続登記の手続きを進める際、同時に確認すべき重要事項として「相続税申告の要否」があります。これを見落としてしまうと、後々大きな問題となる可能性があります。
相続税の申告期限は
相続開始(被相続人の死亡日)から10か月以内
と法定されています。この期限を過ぎると、延滞税や加算税などのペナルティが発生することがあります。
司法書士として相続登記のご相談を受ける際にも、相続税申告の要否についてお声がけすることが多くあります。特に不動産を含む相続の場合は、申告の必要性が高まる傾向にあります。
相続開始から10か月という期限は、思っているよりも早く過ぎてしまいます。特に、悲しみの中で様々な手続きに追われる相続直後は、時間の経過を見落としがちです。
司法書士としては、登記手続きのご相談時に「相続税申告の検討はされていますか?」と確認させていただくことが、依頼者様の不利益を防ぐために重要だと考えています。
まずは基礎控除を確認する
相続税の基礎控除とは
相続税には「基礎控除」という制度があります。これは、一定金額までの相続財産については相続税がかからないという制度です。基礎控除額以内であれば、原則として相続税の申告は不要となります。
基礎控除額の計算方法
3,000万円+600万円×法定相続人の数
例えば、法定相続人が配偶者と子2人の場合:
3,000万円+600万円×3人=4,800万円
この場合、相続財産の合計が4,800万円以下なら、原則として相続税の申告は不要です。
法定相続人とは
法定相続人とは、民法で定められた相続権を持つ人のことです。実際に遺産を相続するかどうかに関わらず、法律上の相続人となり得る人の数で計算します。
相続放棄をした人も、基礎控除の計算においては法定相続人に含まれます。ただし、相続欠格や廃除された人は含まれません。
基礎控除額を正確に把握することが、相続税申告の要否判断の第一歩となります。この金額を基準に、次のステップで遺産総額を算出していきます。
遺産総額の把握①(プラスの財産)
不動産(土地・建物)
土地や建物は、多くの場合相続財産の大部分を占めます。評価方法は一般的な市場価格ではなく、相続税評価額(路線価方式など)で計算します。
実勢価格よりも低く評価されることが多いですが、それでも大きな金額になるため、相続税申告の要否に大きく影響します。
預貯金・現金
被相続人名義の全ての預貯金、現金は相続財産に含まれます。金融機関ごとに残高証明書を取得して確認しましょう。
被相続人が亡くなった後の利息や配当金なども相続財産に含まれます。また、貸金庫内の現金や貴金属なども忘れずに確認が必要です。
株式・投資信託
上場株式は原則として、相続開始時の市場価格で評価します。非上場株式は純資産価額方式などの特殊な評価方法が必要となります。
投資信託や国債・社債なども相続財産に含まれます。証券会社や金融機関から残高証明書を取得しましょう。
自動車・貴金属など
自動車、貴金属、美術品、骨董品なども相続財産です。これらは時価で評価します。特に価値の高い美術品や宝飾品などは、専門家による鑑定が必要な場合もあります。
自動車は中古車としての価値で評価します。査定サイトなどを参考に、おおよその金額を算出できます。
これらの財産をすべて洗い出し、それぞれの評価額を合計することで、プラスの財産総額を把握します。次に、差し引くべきマイナスの財産を確認していきましょう。
遺産総額の把握②(マイナスの財産)
相続においては、プラスの財産だけでなく、被相続人が残した債務(借金)も相続の対象となります。これらの債務は「債務控除」として、相続財産の総額から差し引くことができます。
住宅ローン・借入金
被相続人名義の住宅ローンや各種借入金は、債務として相続財産から控除できます。住宅ローンは金融機関から残債証明書を取得しましょう。
消費者金融やクレジットカードの借入金なども忘れずに確認が必要です。金融機関からの借入残高証明書を取得することをお勧めします。
葬儀費用
被相続人の葬儀にかかった費用は、債務控除の対象となります。ただし、香典返しや法要、墓石建立費用などは控除対象外となりますので注意が必要です。
葬儀社の領収書や明細書を保管しておきましょう。一般的な葬儀費用であれば、ほとんどが控除対象となります。
未払い税金・公共料金
被相続人が亡くなった時点で支払い義務が確定していた税金(所得税、固定資産税など)や公共料金の未払い分も債務控除の対象です。
確定申告が必要な場合は、準確定申告を行い、その際に発生する所得税なども債務控除の対象となります。
これらのマイナス財産を正確に把握し、プラスの財産総額から差し引くことで、「課税価格」の基礎となる金額を算出できます。ただし、債務控除を行うためには、それを証明する書類(残高証明書、領収書など)が必要となりますので、しっかりと書類を保管しておくことが重要です。
生命保険・死亡退職金の非課税枠
生命保険金の非課税枠
被相続人が契約者(保険料負担者)で、相続人が受取人となっている生命保険金には、非課税枠が設けられています。
非課税限度額:500万円×法定相続人の数
例えば、法定相続人が3人の場合、1,500万円までの生命保険金は相続税の課税対象外となります。この限度額を超える部分のみが相続財産に加算されます。
死亡退職金の非課税枠
被相続人の死亡により支給される退職金にも、生命保険金と同様の非課税枠があります。
非課税限度額:500万円×法定相続人の数
生命保険金と死亡退職金は別々に非課税枠が適用されるわけではなく、合計額に対して一つの非課税枠が適用されます。つまり、両方を合わせて「500万円×法定相続人の数」までが非課税となります。
計算上の注意点
非課税枠の計算には法定相続人の数を使用しますが、実際の受取人は法定相続人でなくても構いません(例:孫が受取人でも可)。
ただし、被相続人が保険料を負担していない場合(例:子が親のために加入した保険で子が保険料を支払っている場合)は、相続財産には含まれません。
また、法定相続人であっても受け取った保険金が非課税枠を超える場合は、超過分は相続財産に加算されます。
生命保険金や死亡退職金の非課税枠を正確に理解することで、相続税申告の要否判断がより精緻になります。特に、保険金額が大きい場合は、この非課税枠の適用により申告不要となるケースもあります。
ここまでの合計で判断①
基礎控除額と相続財産の比較
ここまでの計算結果を基に、相続税申告の要否を判断します。
遺産の総額(プラスの財産の合計)
債務控除(マイナスの財産)を差し引く
生命保険金・死亡退職金の非課税枠を考慮
上記の合計額が基礎控除額(3,000万円+600万円×法定相続人の数)を超えるかどうか
この合計額が基礎控除額を超える場合は、相続税の申告が必要となる可能性が高いです。逆に、基礎控除額以内に収まる場合は、原則として申告は不要です。
4,800万円
基礎控除額の例
法定相続人が3人
(配偶者+子2人)の場合
3,000万円+600万円×3人
=4,800万円
5,500万円
遺産総額の例
不動産:3,500万円
預貯金:1,200万円
株式:800万円
−借金:0円
申告必要
判断結果
5,500万円 > 4,800万円
基礎控除を超えるため、相続税の申告が必要
この段階での判断はあくまで目安です。特に不動産の評価額は専門的な知識が必要なため、自己判断だけで申告不要と決めつけるのは危険です。境界線上の場合は、税理士などの専門家に相談することをお勧めします。
ここで注意!不動産評価のポイント
不動産の評価は相続税申告の要否判断において特に重要です。一般的な市場価格(実勢価格)ではなく、国税庁の定める評価方法で計算するため、専門的な知識が必要となります。
土地の評価方法
土地は主に「路線価方式」または「倍率方式」で評価します。路線価とは国税庁が毎年発表する道路に面した土地の1㎡あたりの評価額で、実勢価格の約8割程度に設定されています。
マンションの評価
3階建以上の居住用区分マンション
は固定資産税評価額と敷地利用権(土地)×の「区分所有権補正率」で計算します。以前より実勢価格に近付く修正がされるようになりました。国税庁の計算ツールは ☞
こちら
大きな宅地の特例
🔗
地積規模の大きな宅地の評価
☜(例えば三大都市圏で500㎡以上、それ以外の地域で1000㎡以上の土地)は、一定要件を満たした場合、20%~の減額が適用可能です。国税庁のチェックシートは ☞
こちら
不動産評価は複雑で素人判断が難しい分野です。路線価の適用方法や各種補正率の判断には専門知識が必要です。自己判断で申告不要と考えるのではなく、税理士などの専門家に相談することを強くお勧めします。間違った判断により、後日追徴課税や加算税などのペナルティを受けるリスクがあります。
特例・軽減の検討は最後に行う
1
まずは基礎控除と比較
遺産総額が基礎控除内に収まる場合は申告不要、超える場合は次のステップへ進みます。
2
特例適用の検討
基礎控除を超える場合でも、小規模宅地等の特例や配偶者の税額軽減などの特例が適用できるかを検討します。
3
特例適用後の判断
特例適用後の課税価格で再計算し、相続税が発生するかどうかを判断します。
4
重要なポイント
特例は申告して初めて適用されるもの
です。自分で計算したら税金がゼロになりそうだからといって申告不要と判断するのは誤りです。特例を適用するためには、必ず申告書を提出する必要があります。
例えば、遺産総額が5,000万円で基礎控除が4,800万円の場合、単純計算では200万円が課税対象となります。しかし、小規模宅地等の特例を適用すれば税額がゼロになる可能性があります。この場合でも、特例を適用するためには申告書の提出が必要です。
つまり、「申告が必要かどうか」と「税金を納める必要があるかどうか」は別の問題として考える必要があります。特例を適用して税額がゼロになる場合でも、申告義務自体はなくなりません。
小規模宅地等の特例(概要)
特例の内容
被相続人が住んでいた自宅の敷地や事業用の土地について、一定の要件を満たす場合に評価額を大幅に減額できる特例です。
80%
減額率(居住用)
被相続人が住んでいた自宅の敷地(330㎡まで)は評価額の80%減
50%
減額率(貸付用)
アパートなど貸付用の土地(200㎡まで)は評価額の50%減
80%
減額率(事業用)
事業用の土地(400㎡まで)は評価額の80%減
適用要件(居住用宅地の場合・330㎡まで8割減額)
📌
配偶者の場合
被相続人の配偶者
が取得する宅地
無条件で適用
(同居や持ち家の有無は不問)
相続税の申告をすれば、330㎡まで評価額を80%減額
📌
その他の者の場合
被相続人と同居していた親族
(民法上の親族)
→ 相続税の申告期限まで所有していれば適用可能
又は、
被相続人に配偶者がいない場合における三親等内の親族
で、 相続開始前3年間、自分や配偶者の所有する家屋に住んでいない者
→ この要件を満たす場合に適用可能
👉
ポイント
配偶者は無条件適用
その他は「同居」または「持ち家なし+配偶者不在」の要件が必要
*この特例は非常に強力で、例えば評価額5,000万円の宅地が、特例適用後には1,000万円に減額されることも珍しくありません。基礎控除を超えていても、相続税の申告によりこの特例を適用することで、相続税がゼロになるケースも多くあります。
重要:
この特例は自動的に適用はされず、必ず相続税の申告書を提出して、特例の適用を受ける旨を記載する必要があります。申告書を提出しなければ、特例は適用されません。また、候補地が複数の場合、その対象不動産を取得した者全員の合意による選択が必要です。
配偶者の税額軽減(概要)
配偶者の税額軽減とは
被相続人の配偶者が遺産を相続する場合、以下のいずれか多い金額まで相続税が課税されない制度です。
1億6,000万円
まで
配偶者の
法定相続分
まで
例えば、遺産総額が2億円で子が1人いる場合、配偶者の法定相続分は1億円(遺産総額の1/2)ですが、1億6,000万円の方が大きいため、配偶者が1億6,000万円まで相続しても相続税はかかりません。
逆に遺産総額が4億円の場合、配偶者の法定相続分は2億円となり、この場合は2億円まで非課税となります。
注意点:
この軽減措置も自動的に適用されるものではなく、必ず相続税の申告書を提出して、軽減の適用を受ける必要があります。申告書を提出しなければ、軽減は適用されません。
配偶者の税額軽減は1次相続に限っては非常に大きな節税効果がありますが、2次相続の際、配偶者の固有の財産と相続した財産の合計額になってしまうため、1次2次相続を考えた際には税額負担が大きくなる場合もあります。配偶者の税額軽減を適用する場合には、相続税に関し総合的な判断が必要になります。配偶者の税額軽減を適用する場合は相続税のシミュレーションをした方がいいので、その場合は税理士にご相談下さい。
ここまでの流れまとめ
基礎控除と遺産総額で大枠判断
まずは遺産総額が基礎控除(3,000万円+600万円×法定相続人の数)を超えるかどうかを確認します。
遺産総額=プラスの財産−マイナスの財産+(生命保険・死亡退職金−非課税枠)
判断ポイント
基礎控除内に収まる場合 → 原則申告不要
基礎控除を超える場合 → 申告が必要な可能性が高い
境界線上の場合 → 専門家への相談を強く推奨
特例・軽減の考慮
基礎控除を超える場合でも、小規模宅地等の特例や配偶者の税額軽減などの特例が適用できないか検討します。
ただし、これらの特例は申告して初めて適用されるものです。
最終判断
特例適用によって税額がゼロになる見込みでも、申告が必要な場合があります。
「税金を納める必要があるか」と「申告が必要か」は別問題として考えましょう。
相続税申告の要否判断は複雑で、素人判断が難しい分野です。特に不動産の評価や各種特例の適用可否については、税理士などの専門家に相談することをお勧めします。司法書士としても、相続登記のご相談時に税理士への橋渡しをさせていただくことが多くあります。
国税庁「申告要否判定コーナー」の活用
国税庁のホームページには「相続税の申告要否判定コーナー」というシミュレーションツールが用意されています。
このツールを使うことで、基本的な情報を入力するだけで、相続税の申告が必要かどうかの目安を知ることができます。
申告要否判定コーナーの特徴
質問に順番に答えていくだけで判定できる
基礎控除額の自動計算
おおよその財産評価の目安がわかる
特例適用前の段階での判定が可能
判定コーナーは一般的な状況を想定したものであり、複雑なケースや特殊な財産を持つ場合には対応できないことがあります。あくまで目安として利用し、最終的な判断は専門家に相談することをお勧めします。
国税庁ホームページ「相続税の申告要否判定コーナー」は、以下のようなキーワードで検索すると見つけることができます。
「国税庁 相続税 申告要否 判定」
情報を入力するだけなので、実際の申告前の予備的な確認としても有効です。
司法書士としての一言
相続手続きは登記だけではない
司法書士は主に不動産の相続登記を担当しますが、相続手続きは登記だけではありません。相続税の申告要否の確認も重要な検討事項です。
私たち司法書士は、相続登記のご相談をいただく際に、「相続税申告の検討はされていますか?」とお声がけすることで、依頼者様の不利益を防ぐお手伝いをしています。
専門家との連携が重要
相続手続きでは、司法書士、税理士、弁護士など各分野の専門家が連携することで、スムーズな解決が可能になります。
相続税申告が必要な場合は、早めに税理士にご相談いただけるよう、適切な専門家をご紹介することも私たちの重要な役割だと考えています。
早めの準備が安心につながる
相続税の申告期限は被相続人の死亡から10か月以内と定められています。この期限を過ぎると、延滞税や加算税などのペナルティが発生する可能性があります。
特に不動産を含む相続の場合は、評価額の算定に時間がかかることも多いため、早めの準備が重要です。不安な点があれば、まずは司法書士にご相談ください。
相続は一生に何度も経験するものではありません。わからないことや不安なことがあるのは当然です。「申告が必要かどうか迷っている」という段階でも、お気軽にご相談ください。私たち司法書士は、相続人の皆様の心の平和と法的安全をサポートするために存在しています。